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福岡地方裁判所 昭和28年(ワ)700号 判決

原告 日本酒類株式会社 外一名

被告 土本貞雄

主文

本権の訴につき被告は原告日本酒類株式会社に対し福岡市大字住吉花園町千六百二十二番地上木造瓦葺平屋建店舗兼居宅一棟建坪二十六坪を明渡し、且昭和二十八年七月六日以降同年十月三十一日まで一ケ月金二万円、同年十一月一日以降明渡済まで一ケ月金三万円の各割合による金員を支払うべし。

原告会社の其の余の請求及び原告三島国勝の請求を棄却する。

訴訟費用中原告会社と被告との間に生じた部分はこれを三分しその二を被告、その余を原告会社の各負担とし、原告三島と被告との間に生じた部分は同原告の各負担とする。

本判決は原告会社に於て金二十万円の担保を供するときは家屋明渡部分に限り仮に執行することができる。

被告に於て金三十万円の担保を供するときは前項の仮執行を免れることができる。

事実

原告等訴訟代理人は、被告は原告会社に対し福岡市大字住吉花園町千六百二十二番地上木造瓦葺平家建店舗兼居宅一棟建坪二十六坪を、原告三島に対し右建物中別紙〈省略〉図面表示の店舗部分((イ)(ロ)(ハ)(ニ)(イ)で囲む部分及び調理場、食器入、半地下室倉庫、但し調理場食器入半地下室倉庫、便所、通路は被告の共同使用を許す)を明渡し、かつ原告会社に対し昭和二十八年七月一日以降同年十月末日まで一ケ月金二万円、同年十一月一日以降明渡済まで一ケ月金三万円の各割合による金員を支払うべし、訴訟費用は被告の負担とするとの判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

(一)  原告会社は昭和二十五年四月一日主文第一項掲記の建物をその所有者訴外荒牧寿次郎より権利金三十万円、賃料一ケ月金二万円(昭和二十八年十一月一日より金三万円に改定)の約で賃借し、原告会社の醸造にかゝる酒「新世界」(後に「初日」と改める)の宣伝のための直営酒場「酒の店新世界」を開設していたが、昭和二十五年十二月一日よりその経営を被告に委託し、右建物店舗部分の裏側にある居宅部分を被告に無償使用せしめ、その後これを「初日酒場」と改称したところが被告に不都合なかどがあつたので原被告合意の上右委託契約を解除し、昭和二十六年八月中旬から原告三島国勝を右酒場の経営の責任者となし、同原告は関係方面に対する営業名義人となり、被告は店舗の管理者である三島の使用人となつた、原告会社は昭和二十八年四月上旬から都合により右酒場を一時休業せしめ、原告三島をして近くこれを再開せしめようとしていたところ、被告は突如同年六月五日原告会社に対し書面を以て右店舗は実質的には自己の店舗であるから再び開店する旨通告し、同月二十三日不法にも原告等が占有する右店舗部分に侵入して擅に酒場を開き、原告両名の占有を奪つた、原告会社は同年七月二日附内容証明郵便で右店舗の返還を求めると共に、住居部分に対する使用貸借を解除し、該部分の返還をも求めた、よつて侵奪された占有の回収として原告三島は被告に対し右店舗部分の明渡しを、原告会社は被告に対し右建物全部の明渡し(住居部分は使用貸借の解除を原因として)と、被告の不法占有に基づく家賃相当額の損害金として昭和二十八年七月一日以降同年十月未日まで一ケ月金二万円、同年十一月一日以降右明渡済まで一ケ月金三万円の割合による金員の支払を求める。

(二)  右委託経営の時期における本件店舗の占有が被告とあつたとしても、右占有の根拠である原告会社と被告との間の委託経営契約は前記のとおり昭和二十八年四月上旬合意解除され、尚念のため前記七月二日附内容証明郵便及び本訴の提起により解除されているので、被告は本件建物中店舗部分を原告会社に明渡す義務があり、住居部分は右(一)記載のとおり明渡義務があるから、被告に対し本件建物全部の明渡と、不履行による損害金として前記(一)に述べたと同一の金員の支払を求める。

(三)  仮に解除の効果を生じないとしても、右(二)記載の事実は本件建物の転貸借解約の申入に該当し、該申入によつて転貸借は終了し、被告は原告会社に対し本件建物を明渡す義務がある。

と陳述し、被告の抗弁事実を否認した。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は、原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告主張事実中、原告主張の建物が訴外荒牧寿次郎の所有であること、右建物において原告会社直売店名義で「酒の店新世界」(後に「初日酒場」と改称)が開設されたこと、原告主張日時頃右店舗の営業名義人を被告から原告三島に変更したこと、原告主張日時頃右酒場が一時閉店されたこと、被告が原告主張の書面通告をなしたこと、被告が右店舗を再開し現に居宅部分と共にこれを占有使用していること、原告主張の内容証明郵便がその頃被告に到達したこと、以上の諸事実は認めるが、その余の主張事実は争う、被告は昭和二十四年末頃迄本件家屋の筋向いにある福岡市大門通り千六百二十二番地所在の被告所有家屋でビンゴゲーム屋を営み、かねてより酒場を経営したと望んでいたところ、偶々本件家屋をその所有者荒牧より借受ける話ができたが、当時各酒造元ではその醸造にかゝる酒類宣伝のため他人経営の酒場に直営店なる名義を使用せしめその代償として施設資金等を贈与又は貸与する事例が少くなかつたので、被告は右家屋を所有者より賃借すると同時に訴外大橋甚次郎の仲介により原告会社との間に(イ)家屋の借受名義人を原告会社とする(被告は家主に差入れる権利金をもたなかつたので、これを原告会社に出して貰うために借主名義を原告会社としたのであつて、借主はあくまで被告であつて、原告会社が差入れた権利金の外被告が十万円の敷金を荒牧に差入れている)(ロ)右家屋に被告が居住して酒場を営む、(ハ)家賃は被告が家主に直接支払う、(ニ)原告会社は被告は営業資金を貸与し、被告は売上利益からこれが弁済をなす、(ニ)営業はすべて被告の計算においてなし、損益共に被告に帰属する等の内容の契約を結び、被告は自己の財産を処分して本件家屋に移り、自己の資金で酒場を経営し、賃料も被告が直接荒牧に支払い、自己の負担で店舗を改造し、今日に至つている、原告三島は右大橋の義弟であつて昭和二十五年十月頃から被告が「初日」の会計係として雇入れたものであるが、その後原告会社の都合により保健所等の届出面で営業名義人を被告から原告三島に変更したが、実質的には何等の異動もなかつたのである。元来酒場経営の如きは原告会社の営業目的の範囲外であり、酒類の小売は法によつて禁止されているのであつて、この点から見ても本件酒場の経営者は被告であつて原告会社ではなく、また家屋の賃借人も原告会社でないことは明瞭である。仮に本件家屋の賃借人が被告でなく原告会社であるとしても、原被告間に締結された本件店舗経営に関する契約中家屋の占有使用に関する部分は家屋の転貸借に該当し、その内容は原告会社と荒牧間の賃貸借と同一であり、原告の明渡請求中右転貸借の解約申入は正当の事由を欠き無効である。よつて原告等の本訴請求に応じ難いと述べた。〈立証省略〉

理由

原告主張の建物が荒牧の所有であること、被告が現に右建物を占有していることは当事者に争がなく、成立に争のない甲第一号証、第二号証の一、二、三、第五、第六号証、第十七ないし第二十三号証、第二十四、第二十五号証の各二の一部乙第一号証の一、二、第八号証、第十四号証の二の一部、第十七号証の二の一部、証人大橋甚次郎の証言並にその証言により成立を認めうる甲第三号証、証人荒牧寿次郎の証言並にその証言により成立が認められる甲第四号証の一、二、証人宮崎光見、川崎舟平(二回)の各証言、証人草壁幸正、土本フジの証言の各一部、原告三島国勝、被告本人の供述の各一部に検証の結果並に口頭弁論の全趣旨を綜合すれば、本件家屋(但し内部及び裏側はその後改造、増築により現状と相当異る)は訴外荒牧寿次郎の所有であつたが、訴外大橋甚次郎の斡旋により原告会社がこれを借受けて原告会社醸造の酒類販売店を開設し、被告にこれが経営を担当せしむることとなり、昭和二十五年四月一日原告会社は右家屋を賃料月金二万円(昭和二十八年十一月一日より金三万円に改定)毎月二十五日払、期間昭和三十二年三月三十一日等の約定で荒牧より借受け、また被告との間にその頃(イ)保健所、税務署、飯食店組合等に対する営業名義人を被告とするが、営業権は原告会社に属すること(ロ)店舗は原告会社醸造の酒類の宣伝を目的とし、従つて販売品は原告会社製品を主眼とすること(ハ)店舗開設のための諸費用並に営業資金は原告会社が負担し、営業の損益は原告会社に帰属すること(ニ)使用人の雇入、解雇、給与其の他日常の経営は被告に委せられるが被告は一般的に原告会社の営業上の指示に従わねばならぬ(ホ)被告に背信行為があつた場合原告会社はいつでも解約ができる等の契約(甲第一号証)が結ばれ、昭和二十五年五月三日頃原告会社製品「新世界」にちなんで「酒の店新世界」(後に「初日酒場」と改称される)として開店され、被告は支配人に似た地位で営業を管理し、店舗の一部に住込み、訴外大橋は前記斡旋の功と今後の斡旋が期待される関係上被告より毎月金一万円を支給され、同年八月頃から同訴外人の姻戚である原告三島が会計係として一ケ月金八千円(後に金一万二千円に値上げされ、後述の店舗閉鎖前には金一万五千円ないし一万八千円となる)の給与で働くことになつたが、原告会社の都合上本件酒場の監督就中経理面の指導(従前は毎日収支の状況を原告会社に報告するたてまえであつた)が十分行えないようになつたので、昭和二十五年十二月頃同年十一月末現在の赤字五十三万六千余円を被告に確認させた上で、同年十二月よりは原告会社に対する決算報告は毎月一回月末に行えばよいこと、右赤字の補填等のため店舗の収益より毎月二万円を原告会社の会計(店舗の経理は当初より特別会計とし、原告会社の会計面では宣伝費及び仮払金として処理されていた)に払込むこととし(甲第二号証の一)、その頃より被告は支配人類似の立場より独立の受託経営者的立場を濃くした、ところで偶々翌昭和二十六年夏頃被告が作つた梅焼酎が当局によつて摘発されたので原被告合意の上で営業名義人を原告三島に変更したが被告及び原告三島の本件店舗における立場には殆んど影響がなかつた、これよりさき原告三島及び前記大橋は本件店舗を被告との間では共同経営しているかの如き半ば期待的な考をいだき、被告に対し昭和二十六年一月頃から屡々利益分配を要求していたが、被告の容るゝところとならず、そのうち前記の如く営業名義の変更があつたので、原告三島の立場はやゝ強化され、共同経営者として臨まんとの意向をあらわにする等のことから、原告三島及び大橋と被告との感情的対立が激化し、遂に昭和二十八年四月初頃原告会社は被告に対し右三者の協調が得られるまで暫時店舗を閉鎖するよう命じ、被告もこれを応諾して閉店管理していたが、被告は生業を失い生活に窮した上、たとい再開されたとしても従前の如き自己の独占的地位を保持することが困難であると考えたか、原告会社に対し同年六月五日附書面で自己が実質上の経営者であるから同月七日より再び開店する旨通告し、その頃より擅に開店して独立営業を始めたので、原告会社は被告に対し同年七月二日附書面で、営業の再開を承認しないこと、店舗を経営担当者たる原告三島に引渡すこと、住居部分を明渡すことを申入れ、原告三島また被告に対し同月七日附書面で原告会社の承認を得て店舗、備品、什器、在庫品の引渡を求める旨通告した事実が認定でき(右認定事実中には一部当事者間に争のない部分が含まれる)、右認定に反する前記各書証部分、証言部分、供述部分は措信せず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実によれば、被告は本件建物を原告会社のため代理占有していたが、昭和二十八年六月七日よりこれを自己のため占有する旨表明し、その頃よりこれを実行したと認めるのが相当であり、かくの如く代理占有者が爾後自己のため占有する意思を本人に対し表示したときは民法第二百四条第二号の規定により本人の占有権は失われるけれども、これによつて直接本人の所持が侵されたことにはならないから、本人の占有を侵奪したということはできず、結局、本件建物中店舗部分に関する占有回収を原因とする原告会社の明渡請求は理由がない。

ところで前叙の事実によれば、原告会社と被告との間に結ばれた本件店舗に関する契約は、準委任類似の契約であり、これが存立は当事者間に信頼関係が存することを前提とするものであると解すべきところ、前認定の如く、被告は一旦合意の上休業した店補を何等正当の手続をとることなく、突如として一方的に再開する旨を原告会社に通告し、独立営業を開始したのであつて、被告のかゝる措置は著しく当事者間の信義関係に背馳するものというべきであるから、かゝる場合原告会社はこれを理由に契約解除をなしうべく、而して被告に対する前記引渡の通告は本件契約解除の意思表示をも包含すると解するのが相当であるから、右解除により被告は原告会社に対し本件家屋中店舗部分を明渡すべく、また住居部分は本来店舗経営上の必要から被告の使用が認められ、謂はば右契約の附款的な意味しかないものとするのが妥当であろうから、解約と同時にこれが使用の権限をも失い被告は原告会社に対し住居部分をも明渡す義務がある。而して被告は解約による返還義務不履行により原告会社に対し本件建物の賃料相当額の損害を加えるものというべきであるから被告は原告会社に対し家賃相当額である昭和二十八年七月六日(七月二日附書面はおそくも同月五日までには被告に到達したとなすべきである)より同年十月三十一日まで一ケ月金二万円、同年十一月一日以降明渡済まで一ケ月金三万円の割合による損害金を支払う義務があるから原告の本権に基く請求は右の限度では正当であるが、その余の金員支払を求める部分は失当である。

次に原告三島は前叙のとおり終始本件酒場の会計事務を掌理していたに止り、たとい中途より営業名義人となつたにせよ、実際上本件酒場の単独又は共同の経営担当者となつたと認むべき事跡はないから、独自の占有を有していたとなすことはできず、従つてかゝる占有を有していたことを前提とする同原告の本訴請求は失当であつて棄却を免れない。

よつて民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 丹生義孝)

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